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宇都宮地方裁判所 昭和24年(行)9号 判決

原告

大谷照

被告

栃木県農地委員会

主文

被告栃木県農地委員会に対する請求は之を棄却する。

被告淸原村農地委員会に対する訴は之を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

被告県農地委員会は別紙目録記載の土地につき昭和二十三年十二月二日付為した訴願却下の裁決を取消し被告淸原村農地委員会は右土地につき昭和二十二年九月五日為した買収計画は之を取消さねばならない訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人はその請求原因として

原告は従来淸原村大字板戸に居住し別紙目録記載の土地を所有し他に小作せしめ自分からも他の土地を耕作していたところ被告淸原村農地委員会は昭和二十二年九月五日右土地につき原告が不在地主であると認定して買収計画を立てたため原告は之に対し同月十一日付で異議申立を為した同委員会は同月十九日之を却下したので原告は更に同年十一月十七日再審議要請を願出でたのに対し之を数ケ月間放置した末漸く昭和二十三年六月一日付を以て不受理の通知を為した原告は遂に意を決し同年九月二十七日被告県農地委員会に対し訴願を為たが同委員会は同年十二月二日付を以て期限経過を理由として訴願却下の裁決を為した原告は昭和二十四年一月七日右裁決謄本の送達を受けたしかし原告は不在地主ではない原告の生活の本拠は淸原村である原告は同所で所有土地の一部を耕作し毎年米麦の供出割当があり完納している各種選挙権も居住地淸原村で行使して来つた公租公課寄附金いずれも淸原村在住者として負担して来たのである被告淸原村農地委員会は事実の真相を極めずして漫然買収計画を樹立したものであるから之が取消を求むるのであるがこの訴については前記の通り訴願を経ている次に被告県農地委員会は前記の通り訴願を却下したのであるがそれも取消を免れない即ち原告が訴願する迄に法定期限を経過はしているが訴願法第八条第三項により宥恕さるべきものであるその理由は前記土地に対しては重複して二度の買収計画が樹立されその通知がなされたので第一回は既に述べた九月五日であり第二回は昭和二十三年で月日不詳であるが通知は同年六月に為されたそこで原告は処置に迷ひ異議申立も前後したのである原告は昭和二十二年九月十一日の異議が却下されたので前述の通り再審議要請を為した訴願の形式に従はなかつたのは原告本人が全く法律知識のない一農民である為めであるので委員会としては注意を喚起するのが至当であるしかるに翌年六月一日付を以て単に不受理とするの回答があつたのみでありそれも半年以上放置されてあつたのである。そしてその間前記の第二回買収計画樹立の通知が舞込むだので原告が狼狽するのも道理である被告は原告の期限徒過を云々するが自作農創設特別措置法第七条によれば訴願を受理した場合には二十日以内に裁決することの定めであるに拘らず前記の如く委員会は六十五日を要して裁決をしたのである人を責むる者は己を正しうせねばならないのであつて被告等の主張は信義誠実の原則を無視しているものと謂わねばならない以上の理由により訴願に関する原告の期限懈怠は宥恕すべき事由が存在するものであるからこれを無視して期限徒過を理由に訴願を却下したのは違法であるよつて請求趣旨通りの判決を求むる為本訴請求に及ぶと陳述した。(立証省略)

被告等指定代表者は主文同旨の判決を求め答弁として原告主張事実中土地所有の点第一回買収計画の点之に対する異議の点訴願の点その訴願却下裁決の点は認むるも爾余の点は争う原告は訴願却下の裁決の取消を求めているが訴願提起の期限を経過しているのである原告は処分庁である被告淸原村農地委員会に対し異議却下後約六月を経過して再審議なるものを要請したのであるが斯かる手続は自作農創設特別措置法には規定存することを知らないのであり又一般法則である一事不再理の原理よりしても再審議要請は法律的効力はないものと解するしかるに一年有余の長期に亘つて適法なる手続を履践しないのは原告の責に帰すべきもので訴願法第八条第三項の宥恕の事由ありと認められないそれ故同法第九条第一項の規定に基き不適法として却下したもので何等の違法も存在しない次に原告は買収計画決定の取消を求めているが訴願が提起期限徒過を理由に却下されたる以上行政事件訴訟特例法第二条に所謂訴願裁決を経たものとは為し難い従つて原告主張の訴は訴訟要件を欠缺しているので不適法として却下すべきであると述べた。(立証省略)

理由

別紙目録記載の土地が原告の所有であつたこと被告県農地委員会が昭和二十三年十二月二日付を以て原告が右土地に対する買収計画樹立の異議却下について為した訴願を期限経過を理由として却下の裁決を為したことは当事者間に争はない原告は右訴願提起期限の経過は訴願法第八条第三項により宥恕さるべきであると主張するので審按する原告は宥恕事由として具体的事実を詳述しているが本件では事由の有無を判断すべき場合ではないと解する即ち訴願法第八条第三項に所謂宥恕すべき事由は行政庁に於て事由の有無を決定すべきもので行政庁の自由裁量事項であると考える期限徒過の理由は事案により種々雑多であろうこの間の事情は当該行政庁に於て行政上の指導理念より適切妥当なる判断を下すべきであるその結果の当不当は当該行政庁の責任であり司法裁判所の容喙すべき事項ではないものと解する勿論他に違法の点あれば別論である然らばこの点に関する原告の主張は理由がない次に買収計画取消の請求について審按する被告淸原村農地委員会が昭和二十二年九月五日右土地につき不在地主を理由に買収計画を樹立したこと之に対し同月十一日原告が異議申立を為し同月十九日右異議が却下されたことは当事者間に争はない右異議の却下に対して原告が昭和二十三年九月二十七日被告県農地委員会に訴願を提起したことも当事者間に争がない右訴願の提起は自作農創設特別措置法第七条第四項の期間を経過していることは白明であり原告も認めているしかも右期間の徒過は訴願法第八条の宥恕が認められなかつたのであるしからば訴願は却下せらるべきもので内容の審査を受け得ない内容の審査を受けなければ訴願の裁決を経たと謂えないのであるから行政事件訴訟特例法第二条に規定する訴提起の要件を具備するに由ない。

次第である唯同法但書によれば訴願の裁決を経ることに因り著しい損害を生ずる虞のあるときその他正当な事由があるときは訴願の裁決を経ないで訴を提起することが出来るしかしこの点については原告本人の訊問結果及び弁論の趣旨に徴し斯かる事情は認められぬ原告主張の如く二回に亘り買収計画の通知が来たとしても或は再審議要請を為したところ不受理の回答に接したことがあつたとしても寧ろ原告の手続に対する関係法規の不知に基因するものと謂うべきであつて期限徒過につき原告に正当な事由があつたと見ることは困難であるしからば原告のこの点に関する訴は訴訟要件を欠缺し不適法として却下せらるるの止むなき次第であるしかし原告主張の土地は小作地であるから仮令所有権が認めらるるとしても農地調整法等により田畑に対する所有権は小作料徴収の権能あるに過ぎずして従来の如き強力のものではないそれ故に原告はその主張の土地に自作を主張するなれば格別その失う所は甚だ大なりとは謂い難いのであるしかも自から時期を失したのであるから深く今回の農地改革の精神に鑑みる所あつて善処すべきである訴訟費用は敗訴原告の負担たるべきものである以上の理由により主文の如く判決するものである。

(岡村)

(別紙目録省略)

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